
画像は、佐々木原正夫海軍少尉。
撃墜機数12機のエースパイロットでした。
しかし本日、この若武者のような方の画像を挙げさせていただいたのは、ライフジャケットに差した拳銃が話題だからです。
あまりに十四式拳銃を差した姿が素敵なので、ご登場願いました。
佐々木原少尉の拳銃の差し方、搭乗員がよくやっているのですが、なんだか見るからに危険ですよね。
ホルダーに入れなくてよかったんでしょうか。
こんな不安定な差し方をしていて、落っこちたとき暴発とかしなかったんでしょうか。
ところで男性の武器、特に拳銃好きというのはもしかしたらDNAに刻まれているんではないかと、一人の男児を育てた経験から思うに至ったわたしです。
その男児は、誰が教えるわけでもないのに、ヒーロー戦隊もののガジェットに始まっていつのまにかピストルのおもちゃを欲しがり、振り回し、見えない何かと毎日戦っていたものです。
これを無理やり言語化するならば、生存本能というか、戦いで生き残ってきた“進化の記憶”のなせるわざだろうか、などと考えていたわけですが、最近、男性の脳は、例えばピストルの「引金を引けば弾が出る」といった論理的な因果関係(システム化)に強く反応し、これらの武器によって世界をコントロールできるといった全能感を得ているという説を聞いて納得しました。
さて本題。
搭乗員が拳銃を携行する本来の目的は「自決用」です。
彼らがライフジャケットにそれを差し、機上の人となる時、それは世界と戦うためのものではなく、軍人の誇りを守り抜くための最後の手段であることを百も承知の上だったでしょう。
しかし彼らも「元男の子」。
本物の拳銃を持つことそのものについては、幼い頃の憧れが叶えられたと言ったような現時点での全能感に酔う部分もあったのではと思うのです。
元二〇三空搭乗員の安部正治兵曹の手記にこんな話がありました。
「綺麗な奥さんと戦友、三人で雑談していたら、戦友が話しながら拳銃をもてあそびだした。
危ないなあと思っていたらいきなり暴発し、私の足に弾が当たって怪我をした」
安部兵曹にはとばっちりお気の毒ですとしか言いようがありませんが、なんだってこの戦友こんなことをしたのでしょうか。
この場合、「綺麗な奥さん」(この奥さんは二人の関係者ではない)がポイントだと思います。
この戦友は、綺麗な女性が見ているところで「拳銃を軽く弄んじゃうちょいワルの俺」がやりたかったのに違いありません。
これが賄いのおばちゃんや爺さんであれば絶対こんなことしていなかったでしょう。
戦争が終わって、明らかにこれからの生活には必要のない(というか持ってはいけない)と思われる状況でも、拳銃をこっそり持ち出す男子は、じゃなくて元搭乗員は多かったようです。
わたしはたまたま実際に話をした旧海軍軍人、搭乗員の少ない人数のうち二人から同じような拳銃隠匿について聞いたことがあり、このことからも「拳銃好きは全てとは言わんが多くの男の本能」と信じるに至りました。
そのうちの一人、兵学校72期卒で「神風桜花特別攻撃隊神雷部隊」の隊長となったS海軍大尉は、終戦の際、除隊する隊員から押収した拳銃を次々湖に投げ込んで処分する最中、さりげなく拳銃を2丁ポケットに入れたそうです。
また、別の日にお話を伺った予備飛行専修13期生出身のH大尉も、除隊時にこっそりポケットに拳銃と銃弾を入れて持ち帰っています。
戦後闇市を歩くとき「与太者のように」(本人談)懐に拳銃を持ち歩き、なおかつ自室でこっそり定期的な手入れを怠らなかったそうですが、昭和40年ごろ(戦後20年間持っていたってことですね)息子さんに手入れ中目撃されたのをきっかけに、拳銃を警察に持って行くことにしました。
警察署での対応した警察官との会話は以下の通り。
警官「これは・・寄付していただくことになります」
H大尉「もし嫌だと言ったらどうなるんですか?」
警官「逮捕します」
銃刀法違反の現行犯ですね。
このとき、
「拳銃にに装填されている6発、最後にどこかで撃たせてもらっていいですか」
と一応聞いてみたところ、
警官「現行犯逮捕します」
これは銃刀法第3条の2、発射の禁止に相当し、持っているだけの単純所持が「一年以上10年以下」の懲役なのに対し、格段に重い「無期または3年以上の懲役」となります。
わたしはS大尉に二度お目にかかる機会があったのですが、二度目にお会いしたとき拳銃をその後どうしたか聞いてみると、
「いや~それは~内緒」
「誰か」が「何か」の目的のために持って行った、としか仰らなかったので、S大尉が鬼籍に入られた今となっては拳銃の行方は杳として知れません。

また、拳銃の誤った使用法として思い出すのは「大空のサムライ」の坂井三郎中尉。
「食べ物よこせデモで冷蔵庫を撃った」
ということを著書に書いています。
しかしわたしが知る中で最もアホな使用法は、坂井三郎中尉の列機だった島川正明飛曹長の話だと思います。
ラバウルにいた隊員が、木の上にじっとしている不思議な生き物を見つけました。
「なんだこれは」
「撃ってみよう!」
ばーん
「わくわく動物ランド」も「生きものバンザイ」はもちろんテレビなど影も形もなかった当時、その妙な動物が「ナマケモノ」ということを誰も知らなかったそうです。
勿論上官には「貴重な銃弾で何を遊んどるか!」と大目玉を喰らったそうですが、かわいそうなナマケモノの命がどうなったかまでは島川飛曹長、書いてくれていません。
てか撃たれちゃったんだろうな。なにしろナマケモノだし。(-人-)
こういう人の話を聞くと、アメリカを例にとるまでもなく、日本で銃が合法化されなくて本当に良かったと思います。